万歳カヌ〜

職場のretreatで、17世紀からある大きな修道院に泊まり込んでいた。中世の油絵から抜け出たような田舎の景色が広がり、穏やかな夏の日差しと相まって気持ちが落ち着く。宗教の場で科学の話を聞くというのはなんとも相反するようでいながら本質は同じであったりする。初日は朝に講演を聞いたあと、午後からカヌーで川下りである。本当は今回のretreatに行くつもりもカヌーに乗るつもりもなかった。そもそもボート類をこぐのが苦手である。だが、そこはこちらの人のプッシュにあって参加するはめになったのであった。Dirkと前から計画していた万歳カヌーは、まずお手製鉢巻きをつけるところから始まった。「闘魂」と墨書された日の丸入りの鉢巻きである。これを着けてカヌーで1番を勝ち取るのが万歳カヌーの目的である。鉢巻きは皆の笑いを誘い、好評である、いいスタートだ。実はDirkも私も初心者であるが、彼は前日、漕ぎ方について調べ、漕いでる最中に私に丁寧に教えてくれる。が集中できる訳がない。あえなく川岸へとつっこんだり、他のカヌーに神風特攻したりと先行き真っ暗のスタートとなった。Kamikaze, dangerous canoe!と恐れられながら、そうこうするうち他のカヌーに次々と抜かれ、最後尾2番手に甘んじる。Dirkはいらだちを隠せずにpull!pull!と後ろから激励してくれる。あきらかに2人は焦っている、このままではゴールまで行くことすらできないと。美しい景色の中、川の中で途方にくれる2人。途中川岸に座礁したついでに冷静になり、前後漕ぎ手を交替。どうも私の漕ぐ力が彼より圧倒的に強くて彼が制御しきれていないらしい。漕ぎ方も見よう見まねで変えてみた。DirkがPull! Change! Parallel!とかけ声をかけ、私はYes Sir, my commanderと応え漕げば、あれよあれよと我々を追い越して見えなくなったカヌーに追いつき、ごぼう抜きである。My commanderも鉢巻きが効いたな、と大喜びである。ようやく景色を楽しむ余裕もでてきた。漕ぐのを休んで、カメラを構えると、後ろからPull! Whoa!と彼は休む気配がない。結局私も意地になってウラー、バンザーイと叫びながら漕ぎ続け、ゴール時には2番で到着。何隻追い抜いたことか。終わったあと、彼が言うには最初はゴールさえ着けず、皆の笑い者になること決定だ、とかなり絶望していたようだ。特攻隊よろしく鉢巻きつけた馬鹿2人が他のカヌーを妨害しながら川を右往左往していた姿は十分笑い者になっていたが。
   その後、疲れた身体に講演が睡魔を誘い、中庭での夕食がさらに眠気を倍増し、私は耐えられず部屋に戻った。部屋には十字架が掛けられ、窓からは夏の温い風と虫の音が響くだけである。昼間の出来事と打って変わって、宗教的な静謐さを感じさせてくれる夜となった。